雨のち晴れー花と双極性障害の日々ー

双極性障害と共に生きる花の日々の記録。

私が双極性障害Ⅱ型と診断されるまで。

はじめまして。花と申します。

双極性障害Ⅱ型で、精神障害者手帳3級所持をしています。

診断されてからおよそ7年。病状は良くなったりなったり悪くなったりですが、最近から就労A型事業所で働いています。

 

私が双極性障害Ⅱ型と診断されるまでのことを書いてみようと思います。

 

 

 

結婚・退職・転勤。急激な環境の変化での気分の波。

私は22歳の時に習い事で知り合った方と結婚をしました。

ちょうど友達の結婚ラッシュもあり、専業主婦にあこがれ子供を授かることも羨ましくなり、波に乗るという言い方はおかしいですが、驚くほどのスピード婚をしました。

そうして結婚して半年ほどで旦那の転勤が決まり私は退職。見ず知らずの田舎へと引っ越しをしました。

はじめは大自然に感動し、新たな生活に心を弾ませていましたが、次第に知り合いもいない孤独感、不便すぎる海と山に囲まれた田舎暮らし、社宅での人間関係に悩み鬱状態へ。

私の生活はこんなものじゃなかった!理想と現実のギャップ、他人との比較から、自分はなんて不幸なんだろうとさえ思い始めました。

旦那はものすごく優しくしっかりとした人で、仕事も真面目にこなし、金銭的にも余裕があり、何一つ不自由なく暮らせていたのに…。

今思うと本当に恥ずかしい、情けない、恩知らずな自分だったと思います。

 

けれど、突然鬱は吹っ飛び、ものすごいやる気に満ちて再就職をしました。いわゆる軽躁状態です。

職場はとても恵まれた環境で、メンバーとも仲良く働けて、これもまた何不自由ない明るい仕事生活を送り始めました。

なんであんなことに悩んでいたんだろう!楽しい!楽しいじゃないか!

 

しかしその陰で私には異変が起こっていたのです。

 

インターネットで見るキラキラ生活。私はもっと変われるんだ。

次第に生活に欲が出てきました。田舎で遊ぶところもなく、車も運転できなかったので行く場所もなく、基本は家で過ごしネットサーフィンをしていました。

その頃はFacebookが流行っており、みんなのキラキラ生活を見てはひがんでいました。

そうして高価なもので身を飾り、インテリアも高価なもので揃え始め、金銭感覚はどんどん狂っていったのです。月に15万円は使っていたと思います。自分のお給料だけでは足りず、ついには貯金にも手を付け始めました。

 

完璧主義から思い通りにいかないストレス、すべてをリセットしたい断捨離の罠。

しかし、どんな高価なもので身やインテリアを飾っても満たされませんでした。当然です。私の欲は尽きませんでした。もともと完璧主義の気があり、そこから思い通りにいかないストレスを感じ始め鬱状態へ。そうしてすべてをリセットしたくなってしまったのです。

そのころインターネットで断捨離という言葉をよく見かけるようになりました。

これだ!全てをリセットして新しい自分に生まれ変わろう!そんな意味の分からない盲信に取り憑かれ、なんと今まで買いあさった高価なものをすべて捨て始めたのです。

洋服から始まり、テレビもレンジも生活必需家電すら捨て始め、家には何もなくなりました。けれどすべてを捨て去っても何も変わらない現実。後悔からまた鬱へ。完全におかしかったのです。

 

初診。自分が病気だと信じられずにセカンドオピニオンまでする。

さすがに旦那も生活に限界を感じ、病院へ。そこで初めて双極性障害Ⅱ型と診断されました。けれど私は信じられませんでした。病気の認識もできないほど重症化していたのです。そうして家族もその状態に限界を感じ、地元に帰り田舎ではなく都内の大きな大学病院でセカンドオピニオンをしました。同じく双極性障害Ⅱ型と診断されました。ここから治療を始めれば良かったのですが、私は通院から逃げ、症状はさらに悪化を辿ったのです。

 

別居を始め、実家で躁鬱を繰り返す。ついには借金まで。

旦那と家族に言われ、やっと通院を始めましたが長くは続きませんでした。また逃げたのです。重症だったので薬が強く、副作用もひどく出始めました。そうしてもちろん悪化。躁鬱を繰り返し、就職しては退職、高価なものをまた買いあさってはついに借金までし始めました。

 

ついに大問題の性的逸脱行動、アルコールと睡眠薬の快楽に溺れる。

旦那と別居をして目が届かなくなるとついには性的逸脱行動に出ました。そうしてアルコールに溺れ始め、睡眠薬を多量に飲み得られるふわふわとした快楽に依存するようになりました。旦那はそんな私を見て深く傷ついたでしょう。けれど決して私を見捨てなかったのです。そんな旦那の優しすぎる気持ちと愛情を裏切り、たまに帰省してくれて一緒に食事をすると私は暴言を吐きました。怒りっぽくなり、八つ当たりをし、更なる金銭を要求し、私は完全な人間のクズになりました。

 

家族の不幸の悲しみから激うつ状態へ、再び同居を始める頃には幻聴も聞こえる。

そんな生活の中で家族に不幸が起きました。自分の責任もあり、立ち直れなくなると旦那を頼り再び同居。そうしてもうそのころには幻聴、妄想に取り憑かれ生きていけないのではないかという状態でした。

 

アルコールで睡眠薬を多量に飲み、自殺未遂。ついに閉鎖病棟へ即入院へ。

気づけばアルコールで睡眠薬を多量に飲み笑っていました。緊急性が高くなり、病院を急いで受診。その場で即入院となりました。

そうしてやっと治療本格的な治療を始めました。

ただただ悲しみに暮れ、後悔の嵐。闘病生活が始まったのです。

 

家族はここまで迷惑をかけおかしくなった自分を決して見捨てませんでした。

旦那は自分のストレスも悲しみも表に出さず、ただただ献身的に私に尽くしてくれました。

 

 ここまでが私が双極性障害Ⅱ型と診断されるまでの出来事です。

もともと幼少期の環境からその気配は随分昔からあったようです。

 

私が言えることはとにかく異変を感じたら早急に病院を受診し治療を始めること。

こんなに酷い状況に陥るまで放っておいても、人生に後悔しか残りません。

どうかこの記事にたどり着いて悩んでる皆さんには同じ道を歩んで欲しくはないので、絶対に病院を受診してください。