雨のち晴れー花と双極性障害の日々ー

双極性障害と共に生きる花の日々の記録。

閉鎖病棟での生活。

こうして私は閉鎖病棟へと緊急入院したわけです。

私の病院がたまたま恵まれていたのかもしれませんが、看護師さんたちは親身になってくれ、私の感情は落ち着いてきました。

 

閉鎖病棟へと入院するときの持ち物制限。

閉鎖病棟ではとにかく持ち物制限が厳しかったです。

必要最低限のものしか持ち込めず、真冬なのに長めの衣類も禁止でした。

どうやら長めの衣類で首つり自殺を図るひとがいるかららしいです。

実際入院中にそういった事件はありましたし、時間を過ごすためのノートや鉛筆も禁止。手を刺したりする人がいるからでした。

外部の人との接触も基本禁止され、家族への電話も制限。思考の偏りなどを防ぐために読書も禁止。なぜか時計も禁止され、過ごす時間はまったくわかりませんでした。

 

一日の生活の流れ

起床時間は朝6時だったでしょうか。時計がないので感覚です。

顔を洗い、検温などを済ませ、しばらくして朝食が始まります。

歯磨きをして、そうするともうやることは10時ごろのラジオ体操のみ。

なにもやることがないのです。ただただ、時間もわからない退屈な時間をボーっと過ごすだけでした。あまりにもやることがなくて寝逃げをしようとしても、就寝時間以外に寝ることは基本禁止されて起こされます。とにかく一日が長く、はじめは精神的に楽になるのに必要でしたが次第にとにかく苦痛になりました。

また、私はヘルニアを持っていて、病院のベットが合わずに泣くほど辛い思いを毎日していました。痛み止めも効かず、けれどベットを変えられるわけもなく睡眠不足がひどかったです。

お風呂は週1回みんなで入りました。若干潔癖気味の私にはそれもキツかったかです。

食事の時間のみが生きがいでした。けれど甘いものは週に一度、ほんの少ししか食べれなかったのでそれもストレスになりました。わがままかもしれませんが、甘いものがまったくない生活てものすごくキツかったです。

昼間ナースステーションはドアで閉鎖されていて、透明な窓越しに看護師さんがみえるだでした。けれど病室にドアはなかったです。また夜は廊下は重いドアで閉鎖され、インターホンでのみ看護師さんと会話ができる状態になっていました。見回りには来てくれました。そこで起きていると睡眠薬をもらいました。

トイレの汚物の管理ができない人もいて、臭いがキツかったのも覚えていますし、深夜徘徊する、歌を歌う人や叫び声をあげる人もいました。

けれどなぜか安心感はありました。遮断されて守られていると感じていたからでしょうか。ただ、突然同じ患者さんに暴力をふるって個室に入れられる人もいて、それは流石に怖かったです。

 

流石に外の世界が恋しくなり、懇願して一般病棟へ。

一か月ほどで一般病棟へ移りました。一般病棟は正直悪い思い出しかありません。

看護師さんの態度は冷たく、患者さん同士の空気も悪かったです。前のベットの患者さんの止まらない会話に疲弊もしました。本当に止まらないのです。恐ろしかった。

 

退院

だいぶ落ち着いてきたので退院をしました。といってもこれも懇願したからですが。

 

これが閉鎖病棟での生活です。

結果的には辛かったですが入院して良かったなと思います。