雨のち晴れー花と双極性障害の日々ー

双極性障害と共に生きる花の日々の記録。

それからの6年間の生活と離婚。

退院してから6年間、再び別居による治療生活を経て、良くも悪くもなりながら生きてきました。

 

旦那の実家で2年間暮らす

自分の実家に帰れなかったので、旦那の実家で暮らすことになりました。

2年間ずっと寝たきりでした。義両親はとても優しく、献身的にそんな私を看病してくれました。おいしいご飯を作ってくれ、一緒にテレビを見てくれたり、泣きわめく私を励ましてくれたり。一緒に泣いてくれる時もありました。感謝しかありません。通院は欠かさず、けれど多量の薬を処方するだけのあまり良い病院ではなかったです。私としてはカウンセリングも欲しかったです。

 

ついに旦那が帰ってきて一緒に暮らせるようになる

旦那が病気の私を看病するためにこちらへ転勤する許可が下りました。

旦那の仕事は特殊な職業なので普通は下りません。けれど旦那の職場も相当気を使ってくれたのです。特例でした。本当にありがたいことでした。

それからは少し落ち着いた日々を送れた、とも言えず。

職場で暴れて退職になったり、アルコールに再び溺れ、他人に貢ぐようになりと問題はやはり起きました。次第にまた悪化していったのです。

 

流産

そんな状態で子供なんて育てられるわけありません。けれど私にはとにかく憧れでした。少し落ち着いてきて妊活を始め(今思うと本当に恐ろしい考えです)、授かったのですが流産しました。このショックから私は再びおかしくなっていきました。

 

ついに離婚に走る

私は躁鬱混同状態に陥りました。自分のクズさに嫌気がさして旦那や家族に申し訳なくなって一緒に居られないと考え始めました。そうして更には自分一人で生きていける、やり直して自由にキラキラ生きる等と不可能な妄想に取り憑かれました。

そんな状態で離婚をしてしまいました。

元旦那は最後まで私を愛してくれていました。こんなクズ人間の私をどんなに辛くても愛してくれていました。そうして最後の最後には私の考えを尊重すると離婚を了承してくれたのです。

私に幸せが訪れますようにと願ってくれ、あんなに迷惑をかけて酷い思いをさせたのに、一緒に暮らしていた時間は幸せだったとさえ言ってくれたのです。

涙しか出ませんでした。今でも自分のクズさに嫌気がさして、思い出すたびに自殺したいです。

その時はそんな恩も感じることができなかった。

一生背負っていく私の深すぎる罪です。死んでも詫びきれません。

 

けれど後悔したってどうしようもないのです。

今更なにも返すことはできないのです。

私はこれからの険しい人生を歩むしかないのです。

 

双極性障害は恐ろしい病気です。

性格とか甘えとか、そんな簡単な言葉で片付けられません。

周囲の人を傷つけ、傷つけて、それでもすぐには治らない。

自分で自分のしていることが理解できない。

自分だけではなく、関わるすべての人を疲弊させて追い込んでいく恐ろしい病気なのです。

 

けれど治療をしっかりすれば暗い未来ばかりではありません。

周囲の人のサポートはもちろん必要ですが、自暴自棄にならずに治療に励んでください。